営業所/沿革

フード機器 沿革

1946年 昭和21年 「中部工業所」を設立。戸車の製造販売を開始。
1947年 昭和22年 アルミ製の「五升釜」、砲金鋳物の「手焙り火鉢」等を製造販売。
1948年 昭和23年 地場産業の銑鉄鋳物製造のため鋳造工場を新設。
1949年 昭和24年 「木炭アイロン」、鋳鉄製「スキヤキ鍋」等の製造を開始。
「氷削機(かき氷機)」を開発。
「中部工機株式会社」に社名変更。
1951年 昭和26年 「動力式氷削機(白雪号横式及び立式)」を開発。
「丸型ハンドル付」、「耳付」、「段付」等のスキヤキ鍋等を製造。
1952年 昭和27年 「トキワ」ブランドにて鉄器の販売を開始。
「貯炭式石炭ストーブ」、農業用「発動機」を開発。
1953年 昭和28年 家庭用「スチーム式木炭アイロン」等を開発。
1954年 昭和29年 「石油コンロ」、鋳物製「角型」及び「丸型」石炭ストーブを開発。
1955年 昭和30年 「初雪」ブランドにて氷削機(かき氷機)の販売を開始。 この頃、『フラッペ』の名称を考案。
1957年 昭和32年 本社工場完成。
「ツルギア付」七寸のスキヤキ鍋を製造し、当時の目玉商品となる。
「木炭アイロン」を海外輸出製品として製造。
1961年 昭和36年 家庭用(石炭・薪)「風呂釜」、「木の葉型」・「ツル付き型」スキヤキ鍋を製造販売。
1966年 昭和41年 家庭用かき氷機「ホームアイス」を発売。(一大ブームとなる。)
1971年 昭和46年 「山家鍋」ブランドにて鉄鍋の販売を展開。
1974年 昭和49年 「キューブアイススライサー」(型式№8)を開発。
1976年 昭和51年 「メニューブック」(レシピ集)をリニューアル。
1978年 昭和53年 ブロックアイススライサー「HA-110S」発売。
1980年 昭和55年 「球根皮剥き機(ピーラー)」を開発。
1981年 昭和56年 ブロックアイススライサー「HF-300」発売。
1982年 昭和57年 「PRO CHEF(プロシェフ)」ブランドで調理機器の販売を開始。
キューブアイススライサー「HC-6」発売。
ブロックアイススライサー「HF-700」発売。
1984年 昭和59年 本社新工場完成。生産設備のライン化を図る。
1985年 昭和60年 ガス機器「カウンターライン」シリーズを展開。
無煙焼肉ロースター「TRU」シリーズを展開。
家庭用調理機器「cook chef(クックシェフ)」シリーズを展開。
1986年 昭和61年 「アイスロボ」ブランドで家庭用氷削機(かき氷機)の販売を展開。
1987年 昭和62年 「JOYTEC(ジョイテック)」ブランドを展開。
1989年 平成1年 「フローズンドリンクマシン」を発売。
1992年 平成4年 「日用品事業部」を「フード機器事業部」に事業部名を変更。
「真空包装機」を発売。
1993年 平成5年 広見ヶ丘に本社及び工場を移転。
「電磁調理器(IH)」を開発。
タオルウォーマー(おしぼり保温庫)「HOT FRESH」を開発。
ブロックアイススライサー「S」タイプ発売。
1996年 平成8年 「株式会社中部コーポレーション」に社名を変更。
「50周年記念誌 PIONEER」発行。
「ダクト式焼肉ロースター」を展開。
ブロックアイススライサー「P」タイプ発売。
1998年 平成10年 キューブアイススライサー「HC-6A」発売。
1999年 平成11年 ガス式焼き物器「焼き物名人」シリーズを開発。
キューブアイススライサー「HC-18C」発売。
2001年 平成13年 公式Webサイト「CHUBU-NET」開設。
2002年 平成14年 「ベーカリー機器」の販売を開始。
2004年 平成16年 キューブアイススライサー「HCS32A」発売。
2006年 平成18年 60周年記念アイススライサー「HA-10LA」、「CSi-18A」発売。
2009年 平成21年 ブロックアイススライサー「HB-320A」発売。
2011年 平成23年 IH式「缶ウォーマー」を開発。
2012年 平成24年 スムージーマシン「カップブレンダー」を開発。
「バームクーヘンオーブン」を開発。
2013年 平成25年 IHコンロ「間口30cmタイプ」発売。
ステーキ皿用「樹脂台」発売。
2015年 平成27年 ブロックアイススライサー「BASYS HB310A」発売。
2017年 平成29年 ブロックアイススライサー「BASYS ロングレー HB600A」発売。

かき氷の歴史

  古墳 『日本書紀』の孝徳紀に氷連という姓が登場し、朝廷のために氷室を管理した職が存在したことがうかがえる。
  奈良 平城京では春日山に氷室が置かれ、宮中への献氷の勅祭を行った。
(平安京への遷都の後に奈良にあった氷室を祀る形で設けられたのが、現在、奈良市春日野町にある氷室神社である。)
  平安 清少納言の『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ、文中では「けつりひ」)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されている。
  江戸 『氷室の祝』…毎年6月1日(旧暦)に合わせて加賀藩から将軍家へ氷室の氷を献上する慣わしがあった。
1869年 明治2年 神奈川県横浜にある馬車道で初めての氷水店が開店する(氷水 1杯 8文)
1871年 明治4年 中川嘉兵衛が五稜郭の外壕で生産した天然氷が「函館氷」と銘打って京浜市場に登場しそれまでのアメリカ・ボストン産の輸入氷「ボストン氷」に比べて良質でかつ低廉であった。
→かき氷が大衆化(雪(削り氷)1銭 /氷いちご3銭)
1887年 明治20年 村上半三郎が氷削機(ひょうさくき)を発明し特許を取る。
1897年 明治30年 以降、機械製氷が主流となる。

【2012年9月 ウィキペディアより抜粋】